_ フジテレビが民放連賞を獲ったとのことで再放送していた。
_ 驚いたのは、サリンという言葉が警視庁の鑑定結果が発表されるまでだれの口からも出なかったことだ。地下鉄職員も、消防署も、医師もサリンであるとは思わずにやみくもに対応していたように描かれている。
_ 私は、1995年3月22日朝、テレビのワイドショウで霞ヶ関駅でシンナーのようなものがまかれ人が倒れているという速報に接した。私は、自宅から井の頭線で渋谷に出て銀座線で赤坂見附まで通っていたが、家人に、「サリンがまかれたようなのでタクシーで行く」と言って家をでた。
_ 私は、特別な情報を持っていたわけではないが、新聞と週刊誌(床屋に置いてあったもの)の情報からまかれたのはサリンだと思った。判断の材料になったのは下記の情報だ。
・1995年元旦の読売新聞でオウムのサティアンがある上九一色村の土壌からサリンの副生成物が確認されたという報道があったこと
・1995年3月15日の新聞で、地下鉄霞ヶ関駅に液体噴霧器らしき不審な装置が置かれていたという報道があったこと
_ 三番目については、オウムがボツリコストキシンという生物兵器を噴射するために設置した装置だが失敗したことが後日判明した。
_ これらの情報を総合的に判断すれば、サリンを使ったテロが起こる可能性があり、その標的としては地下鉄を注意すべきことがわかる。
_ 当時、公安と警察は別々にオウムを追跡していたが、情報の共有はなかったようだ。インテリジェンスが存在していなかった。
_ 一番悲惨なのは、対応した地下鉄職員が素手でサリンに触っていたことだ。あの当時私以上に関係する情報を持っていた人間は公安、警察、マスコミ等おおぜいいたはずだ。誰か、地下職員に不審物には触らないよう警告を発することはできなかったのか。
_ ・
_ エミリー・ブロンテの「嵐が丘」を原作とする。何回も映画化されているが観たことはない。原作も未読。
_ 「バービー」のマーゴット・ロビーが主演・プロデュース。三大悲劇の一つだそうだ。本作は原作の一部に基づいているそうだ。
_ 「嵐が丘」というタイトルは翻訳者の創作とのことだが、舞台となるイギリス北部ヨークシャー州の高台は曇天に強い風、時折豪雨が降る荒涼とした場所だ。黒澤明の「蜘蛛巣城」を思いだした。
_ 映画は、窃盗犯の絞首刑の場面から始まる。高く吊るされた男がもがき苦しんでいる。観客によれば、首の骨が折れないと、あのようなみっともないことになる。
_ 時代はたぶん19世紀はじめだと思うが、絞首刑は大衆の娯楽の一つだったようだ。日本でも江戸時代までは死刑は公開されていた。
_ いつから死刑は非公開になったのだろう。スティーブン・キングの「グリーンマイル」に描かれたようにアメリカでは最近まで死刑は公開されていたようだ。今の日本では死刑は禁忌とされ、その実態はベールに包まれている。
_ 本作品で、死刑が関係するのかと思って観ていたが、そうではなかった。
_ 原作はエミリー・ブロンテの唯一の長編小説。彼女は結核で30歳のときに亡くなったが、生前には作品は評価されなかったとのこと。それが2世紀後にまだ映画化されている。すごいと思う。
_ 「哀れなるものたち」と同じヨルゴス・ランティモス監督、エマ・ストーン主演作品。面白かった。
_ アメリカの農村で養蜂を営むテディとその従弟のドンが製薬会社のCEOであるミシェルを誘拐する。テディはミシェルがアンドロメダ星人で地球を侵略するために送り込まれていると信じている。テディはアンドロメダの皇帝に説明するためにその宇宙船に連れていくよう迫る。
_ 陰謀論に支配されているらしいテディと会話によって状況を打開しようとする聡明なミシェルの論争が延々と続く。私も、「滝川希花の冒険」で奇想天外なテーマの論争を書いたが、楽しかった。密室の中の二人の会話に、自閉スペクトラム症のドンが立ち会う。映画としては、いささか退屈な時間が後半突然動き出す。
_ 現実の陰謀論者もそうなのだが、テディが主張するアンドロメダ星人の計画には説得力がある。テディの主張が妄想であると言っていたミシェルも途中から実は自分はアンドロメダ星人であると、同調する作戦に転じる。
_ ミシェルはテディをだまして、会社の自室の更衣室に宇宙船への通路があると言って、テディを更衣室に閉じ込めることに成功するが、テディは身体に巻き付けた爆薬が誤爆して死ぬ。更衣室の外にいたが、飛んできたテディの頭部が直撃してミシェルは気を失う。
_ 救急車の中で意識が戻ったミシェルは救急車を脱出して、会社へ戻る。そして破壊された更衣室から宇宙船へ移動する。
_ 実は、アンドロメダ星の女王だったミシェルは幹部に地球人には死しか道はないと説明し、実施する。
_ 最後の場面は、地球上あらゆる場所に累々と横たわる死体と鳥の声、風の音。